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author 米 [write]

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世界は僕たちにやさしくは無い


(花主前提:新ED後都会に戻った主人公の神格化パロ)

何かしらの予感はしていたのかもしれない。けれど明確な答えはまだなかった。
葵がその事実に気が付いたのはそう、あの田舎町で起こった凄惨な殺人事件の謎を解き明かし都会へと戻った暫く後のこと。その日に限ったことではないのだが此処数日、食欲と言うものがなかなか湧かずにいた葵は相変わらず一人きりの時間の多い自宅のキッチンで一人分の食事を摂るが為に支度をしていた。それは単に、あの事件が無事解決を果たされた田舎町で別れた仲間たちとの距離が葵の心に寂しさを呼び起こし、久々に帰宅した我が家にすら違和感を覚えてしまうくらい重たいものだと当初は思っていたのだが、それでも何日も経っても拭えない食欲の後退に一向に訪れ難いものとなった睡眠欲、気だるくありながらも手足はしっかりと動くことの出来る身体に次第に不安を覚え始めて兎に角食事を摂り良く眠らねばと思うまでになり葵は包丁を握っていた。

「っ痛…」

手先が器用で且つ料理も手馴れた葵にしては珍しいミスだった。気を付けていたにも拘らず包丁の刃先で葵は指を切り、白く細長いその人差し指の先端をぷつりと赤い血が玉のようになって浮かび上がると葵はそれを溜め息交じりに唇に含んで血を拭うと絆創膏を取り出そうと近くの棚に手を伸ばした。傷の方はさして深くはないようだけれど黴菌でも入ったら小さな傷でも化膿を起こしたりして直りが遅くなる、一応水で傷口を洗ってからさあ巻こう、と絆創膏を手に取ったとき、葵はそれを見て思わず息を呑んだ。

「な…、」

傷が、先程葵が切った指先からすっと静かに癒えたのだ。否、癒えたと言うよりもそれはどちらかと言えば『消えた』に近い現象だった。
目の錯覚ではない。幾ら浅い傷だったとは言えぱっくりと皮膚と肉が裂けたそこからは血が出ていて、それを手当てしようとしていたのだから。何もしていないのにも拘らず勝手に傷が消えてなくなるなんてある訳がなくて、ましてこの現実世界ではテレビの中にいた頃のようにペルソナ能力を使い傷を癒すなどは叶わない。しかし裂けていた傷口はまるで何事もなかったかのように食事の支度をする前と同じように皮膚が繋がり境目すら存在せず、そこに傷があったことを感じさせない治りようで元通りとなっていた。

「…どう言う、ことだ……っう…!」

確かにそこにあった筈の傷。
もしかしたら此処最近の疲れすぎで夢でも見ているのかもしれない。…だったら良いのにと、これが夢なんかではないことを理解しているが故にそう思ってしまう。いつの間にか痛みすら消え去り、ただ呆然と自分の手を見下ろしていたが葵はふと目眩に似た感覚をいつだかと同じように覚え、頭を押さえた。…―キィン、とまるで耳鳴りのような音が遠くから聞こえその次には心臓がきりきりと締め付けられる。
苦しくて、痛くて、思わず膝ががくりと折れてフローリングの床に座り込めば頭を押さえたまま空いた片手で左胸を押さえ額に脂汗を滲ませる。それは今まで感じたことがないくらいの鋭くて鈍い、激しい痛み。ぐらつく視界に酔いそうで目を伏せれば息が乱れた。その時間は一瞬のように短かったかもしれないが葵には幾時までも続くような長い時間に思えた。そしてその痛みの中で思ったのは開放を願うのと同時に仲間たちのこと。もしかしたら死ぬのか、漠然と、いつもの葵でなら笑ってしまう思想を頭に浮かべてもこの時ばかりは本当にそうかもしれないと感じ最後に見た六人とあの親子の顔が脳裏に過ぎり涙が伏せられた瞼の縁から浮かび上がり長い睫毛をまるで朝露に濡れたように湿らせる。

「ぅ…あ…っ……あ、ぁ…く」

( … 、)

( …  、)

(  、 … …、)

ぽたり。
流せぬ涙の代わりかのように伝い落ちた汗の雫が静かに跳ねる。それが、葵の最後に見た、その日最後の記憶。誰かの名前を必死に紡ぎ、喘ぐような音にもならない呼吸を繰り返しながら、葵はそっと力を抜いた。



(はな、むら―――…)
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2008.11.27(Thu)





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