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author 米 [write]

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エメリオーネ 4


低学年が主に活躍するように時間の組まれた午前の部が終わり待ちに待った昼食の時間になると、葵の結んであげた赤いハチマキをぴょんぴょんと揺らし菜々子が両親とその友達がいる観客席のシートに戻ってきた。菜々子はいつの間にか両親以外の人物がそこにいるのに最初驚いていたがそれでも自分を応援しにわざわざ来てくれた事を知ると花の綻ぶような愛らしい笑顔を零して嬉しそうに身体を揺らした。
そして葵がいそいそと風呂敷包みの重箱を取り出し、家族三人で食べるにはやけに多く見えるそれの蓋を開ければそこに綺麗に詰め込まれた品々に奈々子や堂島だけでなく居合わせた仲間たちまでおぉ…!と歓声に似た声を上げて口々に美味しそうだと拍手を巻き上げ葵は照れ臭そうに頬を掻いてから皆にも食べるように紙皿と割り箸を取り出して勧めた。

運動会の中で競技以外の目玉と言えばそれはやはり食事で、仲間たちにして見れば学生時代以来の葵の手料理にすっかり和気藹々として盛り上がり、その傍らで旅館の現役女将となった天城や警察学校に通う里中も過去の惨事からある意味勉強を重ねに重ねたお弁当をご馳走になるばかりでは悪いからと持参し、アイドルの仕事の内に入っているのかその手の情報に詳しいりせと意外にも甘い物が好みだったりする直斗はデザートにゼリーやアイスを持参して花村と完二とおまけのクマはスポーツドリンクやオレンジジュースなどを持って来たようで葵と堂島はその気遣いに礼を言いつつ普段食べている味とはまた違う手料理に箸をつけては美味しいと答え、勿論この日の主役である菜々子も皆が持ち寄った差し入れを一口ずつ食べては表情を綻ばせてもぐもぐと忙しなく口を動かしておかずを食べていた。
そんな中、盛り上がっていた話題は次第に午前の部で様々な活躍をした菜々子の勇姿へと移って行く。里中はポテトのベーコン巻きを食べながら最初に行ったリレーの話を持ち出して感心した声を上げた。

「けど奈々子ちゃん凄かったねぇ!リレー、一等賞だよ、一等賞!!」

「うんっ!菜々子、すっごくがんばったんだよ。おとうさんもおかあさんも見ててくれた?」

「あぁ、とっても早かったね」

褒められて頬を染める菜々子は両脇を固めるように座る堂島と葵に交互に目を向け、ドキドキと言った風に答えを待つ。葵はそれを見てくすりと笑うと頭を撫でて声音を柔らかくして頷き返し、菜々子の持つ紙皿にそっとご褒美とでも言うかのように黄色い薄焼き卵で包んだ茶巾寿司を載せてやる。その後に菜々子を挟んで座る堂島に何かを取るか尋ね、弁当には定番メニューの唐揚げと梅のおにぎりを載せて渡す。
そんな、あまりにも自然すぎる三人の流れに嘗て片思いをしていた花村はがじがじと無意識に箸を噛んで隣の完二に行儀悪いっスよと突っ込まれて(だが完二もまた無意識に箸を折っていたが)、気分を変える為に話に割って入り先程の対抗リレーを頑張って走り抜いた菜々子を褒めた。

「…けどまさか一等だとはなぁ。途中何人も抜いていたし、練習とか大変だったんじゃない?」

「ううん。タイヘンだけど、おとうさんたちが見ててくれるって思ったらすごくがんばれたの。おうえん、聞こえてたよ」

「菜々子…」

「わっ、おとうさん?」

花村の言葉に茶巾寿司を可愛いと言って笑いながら食べていた菜々子はふるふると首を左右に振るって紙皿を体操服を履いた膝に置くと堂島の顔を見上げ、その言葉に堂島も思わず真面目な声を出してしんみりしたかと思えば不意に小さな身体をひょいと抱き上げ胡坐を掻いた自らの膝上に乗せた。思わぬ事態にびっくりしたように大きな目を見開いた菜々子は、葵は兎も角花村たちの目の前でこんな状況に立たされるとは思いも寄らずにただただ頬を赤く染めて視線を上げた先にある髭を生やした父の顔を見上げ暫くするともじもじとしながらそのまま温かい胸板に背を預け紙皿を再び手に取ると食べかけだった茶巾寿司を堂島の口元へと運んだ。

「…おとうさん、あーん」

「な、」

当の本人にはそんなつもりはないのだろうが、菜々子のそれはまるで意趣返しのようで今度は堂島の方が面を食らう側となって狼狽した。それを吹き出すように周りが笑い、中でも比較的冷静な直斗がミネラルウォーターを手にしながら目を眇めて菜々子と堂島を見比べた。

「堂島さん、僕らは気にしませんから」

「そうそう、折角菜々子ちゃんがくれるって言うんだし。たまには親子らしい事もしてやってくださいって」

「ナナチャン、クマにもあーん。てして欲しいクマ!」

「あー…取り敢えずクマくん、キミは口チャック。余計なこと言わずに黙ってなさい」

「まぁまぁ千枝…でもクマさんも、今はそう言うことやめようね」

「つか寧ろ微笑ましいって感じっスよね」

「うんうん。て言うかりせも先輩相手にならあーんってしてあげたいなぁ」

「「出た。大胆発言」」

て言うかそれ家庭持ってる人に言っちゃ駄目だから!とキレの良いツッコミを千枝が入れ周りが唖然としていると、いつの間にか堂島もバトンタッチのように代わる代わる繋がっていく台詞に押され気味となり、不意に隣に袖を引かれると葵が銀灰色の双眸を柔らかく眇めながら菜々子の姿に目をやりそして堂島に目を向けると無言で重圧を掛けるように頷いた。

(菜々子が待ってますよ)

そんな幻聴が聞こえた気がしないでもなく、堂島は最早個人的な羞恥心などかなぐり捨てて可愛い娘の健気な姿に決心し口を開いた。

「…あ、あーん…」



………ぶふっ

「!」

誰か分からないが、ぎこちなく頬を引き攣らせて笑いながら茶巾寿司を食べた堂島に何処からか吹き出すような声が漏れ思わず刑事として養われた鋭い視線をそこら辺りに巡らせたが誰しもサッと目を逸らして視線を合わせようとはせず、その決着のつかない様子に一人後ろ髪を荒っぽく掻いて不貞腐れる堂島に葵はくすくすと笑い、そして菜々子も父に食べて貰えた喜びで胸がいっぱいそうににこにこと笑顔を振り撒いてぱくりと残りのタコさんウインナーを一人食べていた。

そして重箱の中身がすっかり空となり更に美味しいデザートを味わった後、昼食の終わりを告げるアナウンスにクラスの列に戻る小さい背を皆で見送り手を振ったその時、片づけをする葵の手に不意に骨ばった大きな手が重なり思わず顔を上げる。周りの仲間たちはそれぞれ談笑を交わしたりして此方の様子に気付いた素振りもなく、葵はそちらを向くと堂島がじっと葵の顔を見つめていた。

「…遼太郎さん?」

「あ…いや、その…何と言うか、だな」

どうかしましたか、と言外に問う妻に堂島は先程のように頭を軽く掻くと気を取り直したように真摯な眼差しを込めて、辺りの喧騒に囲まれながら相手にはしっかりと届くように発音をして口を開いた。

「…ありがとう」

「え、」

「お前があの日、俺に話してくれた事…感謝してるんだ。俺はどうしても事件があるとそこに行かずにはいられない性分だからな…別に菜々子が寂しがっていると思わなかった訳じゃないが、やはりお前がいたお陰で安心しきっていた所があったようだ」

「…」

「それに菜々子の事だけじゃない、本当は…お前にも、俺は寂しい思いや辛い思いをさせていたんじゃないかと…そう思っていた」

「…そんな、そんなこと」

堂島の唇が紡ぎ出す言葉の数々に次第に葵の目が見開かれていく。そんなことを思われているだなんて、それこそ思っても見なかったから。多忙な堂島に寂しいと思った事がないか問われれば簡単に答えられないのもまた事実。けれど自分はプロポーズを受けた時からそのことは予め覚悟も理解もしていたし、既に耐性は出来ていた。だから、少しの孤独は覚えても顔を見ればそれもすぐに何処かへと溶けて行ったし増してや辛いと思ったりはしていない。
思わぬ思い違いをしている夫に慌てて否定の言葉を口にし掛け、違うと首を振ろうとしたその時。

「分かってる」

「え?」

「お前のことだから、きっと辛いだなんて思っていないとでも言ってくれるんだろう?」

「それは…当たり前です。当然じゃないですか」

何処か気を悪くしたようにぶすりと応えた葵にははっと乾いた笑みを漏らし、堂島は一つ瞬くと息を吐き出す。

「だけど、だけどな。それでもやっぱり思っちまうんだよ。俺は仕事しか能のない元バツイチの男で、若いお前を再婚相手としてプロポーズしたは良いけど結婚してからも満足に旅行や何か、そう言うことをお前に贈ってやれなかったろう?だから何らかの鬱憤は溜まっていそうなもんなのにいつだって笑顔で帰りを迎えてくれて、温かい飯と風呂でもてなしてくれて、それに菜々子のことを良く見てくれてそれをいつも俺に話してくれてる。今回だって、お前が話してくれなきゃ運動会のことなんて知らずに菜々子を悲しませるところだった…だから、ありがとう。こんな俺には勿体無いくらい、お前は良い妻で母親だ」

「…遼、太郎さん…」

ほんのりと、葵の白い頬に朱が差したように熱が高まり、視線を逸らすことなくただ真っ直ぐに自分を見つめる堂島の目を見つめ返す。日頃こんな風に思う事を伝えない夫の言葉はまるで打ち寄せる波のように強くてそして穏やかで、更にはそっと心の中にすとんと落ちて来るようなトーンで心地が良かった。気が付けば頬の筋肉が横に動いていてはにかむような笑みを浮かべ、重ねられた一回りほど大きなその手に空いた片方を更に重ねてそっと距離を詰める。誰に見られるかも分からない、キスが出来てしまいそうなほどの近さに。
葵は、自分を見下ろす堂島の手を優しく包むように握り祈るような仕草で額に触れてつけると公の場にいる為おいそれとは出来ないキスを唇の代わりに指先へと落としてとても幸せそうに微笑んだ。菜々子と良く似た、けれど葵だけの優しい顔。

「俺も、あなたはとても良い夫で父親だと思いますよ」





その後、夫婦揃って菜々子の出番は必ず声を張り上げて応援したり写真を撮ったりして運動会が閉会するまでの間、片時も離れず手を繋いだままでいた二人は最早年甲斐なんてものは脱ぎ捨てたようにいっそ眩しくて、戻って来た時には既に疲れきった様子の娘の手を取って別れを告げながら帰る夫婦の光景を見ていた仲間たちは思わず苦笑し合い、中でも一人見せ付けられた形である某人物を(珍しく)慰めていたとかいないとか。それはまた、三人家族の知らない別の話。
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2008.11.27(Thu)





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