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author 米 [write]

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エメリオーネ 3


その数日後、堂島は宣言通り運動会の開かれる土曜日に休日を獲得した。
とは言え元々働き過ぎだと周りから言われるような仕事ぶりをしていた堂島なだけに、上司に休暇をもらう時、上司は勿論同僚にまで偉く安心されたものだ。(奥さんと子供の運動会に?そうかそうか、安心したよ堂島。そんな風に上司に肩をぽんぽん叩かれるのは正直喜んで良いのか悪いのか意味の取り方に迷ったが)相棒兼部下の足立に関しては、自分も休暇を取って遊びに行こうかなどとへらりとした顔で気安く言っていたので取り敢えず一発殴って報告書の始末を済ませてから言えと怒鳴ってやるのは忘れずに。
かくして、堂島は帰宅したその日に葵と菜々子に休暇を取った報告をし、うきうきと楽しそうに肩を揺らしてはしゃぐ菜々子の姿を見て晩酌の相手をしてくれる葵と共に笑った。土曜日の運動会はすぐ目の前に迫っていた。



そして菜々子の小学校で運動会が行われる当日。
その日は幸いにも雲ひとつない秋晴れで降水の心配もなく過ごしやすい気候に恵まれて、ふと辺りを見れば堂島家の他にも多くの家族連れがグラウンドの脇を囲むようにシートを敷き我が子の応援をしたり近所の知り合いと談笑を交わしていたりする姿が見られていた。
その中で堂島と葵は娘の菜々子の晴れ姿をしっかりと目に焼き付ける為それなりに良いスペースを取り、そこに昼食のおかずを沢山に詰めたお弁当を風呂敷包みと飲み物を冷やしたクーラーボックス、タオルや絆創膏に傷薬など必要と思えるものを入れた紙袋を隅へと置いて座っていたが競技が始まるまでの間暇を持て余して此方に駆け寄って来た菜々子の姿に気が付くと葵は軽く手を振って見せた。

「菜々子の学年がこの後に出て来るんだよね?頑張ってね」

「うんっ、おとうさんもおかあさんもちゃんと見ててね」

「分かってる。けど怪我しないように気を付けるんだぞ」

「はーい」

「あ、そうだ菜々子。ハチマキ縛ってあげるからこっちおいで」

どうやら菜々子は、辺りの家族連れと同じように堂島と葵が約束通り一緒に観に来てくれたのが余程嬉しいらしい。いつも見ている筈の笑顔は今日は燦々と光を降らせる太陽の下でいつも以上に輝いていて、二人の言うことにも逐一頷いては葵の呼び掛けに応えて上手く端の長さを揃えて結べなかったらしいハチマキを渡すと代わりに膝上に座りニコニコと笑いながら白く細い手に結われる赤い色のそれを窺うように視線を上げていた。まるでカチューシャのように可愛く、けれど簡単には外れないように結ばれたそれは葵の手が離れるとふわりと揺れて、菜々子が膝から降りると靴を履き直してからも一動ごとに続いて跳ねた。
応援してるよ、と大好きな声に励まされすっかり元気いっぱいとなった菜々子はそれから二度三度会話を交えた後にアナウンスのスピーカーに気が付きクラスの列に駆けて行き、その入れ違いに背後から残された堂島と葵に向けて声が掛かる。

「東雲」

「え?あ、花…村?どうして此処に…それに里中に天城も?」

声を掛けられ振り向けば、そこにいたのは所帯を持った今までも時折連絡を取ったり顔を合わせたりする嘗ての同級生たち。更にその後ろには同じく高校生活を共にした後輩らが数人顔を揃えていて、土曜の祝日とは言えお互いいる場所が場所なだけに、しかも中には都会に出て行った顔ぶれなどもいて意外とばかりに葵は目を丸くした。

「久し振りだね、東雲くん…って、もう苗字違うんだから違うか。花村も紛らわしいこと言わないでよね。…あ、えーっと、ほら、アタシ達以外にもみんな来てるんだよ」

「こんにちは、えっと…葵、くん」

「どもっス、センパイ」

「えへへ。りせ、仕事お休みもらって来ちゃった」

「…急にすみません。お元気でしたか?」

「センセイ久し振りだクマ!」

が、葵の思うそれは夫の堂島も同様らしく目を見張りながらどうしたんだとぽかんと尋ねていた。しかしそこでまぁ立ち話もなんだしと寛容さのやたらと高い葵が広めに取っておいたスペースを更に広げ同級生だった花村や里中に天城、一つ年下で後輩に当たる完二、りせ、直斗。それから花村の家に高校時代からある理由で居候をしているクマと言う少年をシートの上に上がるよう招いて菜々子の参加する競技が始まるまでの間話を聞くことにした。

「悪いな、しの…じゃないか、葵。いきなり」

「…東雲のままで良いよ、花村。そっちの方が慣れてるだろ?それより本当にどうしたんだ?皆して小学校の運動会なんか来て…天城やりせとか直斗なんかは仕事平気なのか」

先程の里中からの指摘もあり花村は呼び掛けた苗字を途中言い掛けてから少し顔を赤くしながら言い直した。だがそれをみた葵はくすりと笑い首を振るってから好きに呼んでくれと言う。嘗て花村の片思い相手(或いは未だ引き摺っているかも知れない)を知る堂島はこんな時ばかり妻の鈍感さもとい天然さに救われた気持ちで、花村の若干赤らんだ顔に人知れずぶっすりとした顔を作りながら年齢さゆえになかなか入りにくい会話の輪に聞き入るしかなかった。
葵の問い掛けに対して現れた面子の反応はそれぞれ異なりはしたがどれも似たり寄ったりで曖昧に笑ったり苦笑いしたり、または照れ臭そうに頭を掻いたり小さく吐息したりとつい葵が吹き出すまでとなった。そしてその煮え切らない現状に空気が読めるのか読めないのか無駄に明るく溌剌とした声―クマだ―が割って入った。

「えっと、今日はナナチャンの運動会?って言う日だから皆で応援しに来たクマよ!」

「え?」

「ぅわっ、バッカ!」

「ちょ、クマ!なんだか恥ずかしいじゃんっ」

「えー?けどヨウスケだってセンセイに会う口実が出来…っふが!」

「おま…っ余計なことは言うなっつーの!!」

ぱこんっといきなり口を開いたクマの台詞に今度こそ顔を真っ赤にして花村が怒鳴るように身を乗り出すと共に頭を叩き、それを見て里中が呆れたように白い目を向けて、天城は何処がツボに入ったか分からないながら昔のように噴出してお腹を抱えた。それから完二と直斗が溜息を吐いたりただ静観したり、その傍らでりせだけが葵に擦り寄るように顔を覗く形で体勢を取り、テレビに映るアイドルとしての顔とは違う笑顔を浮かべて言った。

「えっと、実はねセンパイ。言い出したのは確かに花村先輩で、丁度土日の二日とも祝日と休日で休みだから一日くらいだけど皆で久々に集まってみないかってなったの。それに聞いた話じゃ奈々子ちゃんの学校で運動会があるみたいだしそれなら先輩にも確率が高く会えると思って。私も前よりスケジュールの調整が利くようになってたまたま土曜日がお休みになってたからおばあちゃんちの様子も見たかったしこっちに戻って来たんだ」

「そうなのか…りせ、頑張ってるんだな。それにわざわざ菜々子の応援に来てくれるなんて」

りせの言うことにこくりと頷いてまるで妹の面倒を見る兄か何かのようにそっと赤み掛かったウェーブのふわりとした頭を撫でる。すると嬉しそうに笑って、それでも一つの気掛かりがあったらしく少しだけ苦笑を見せた。

「でもね、天城先輩は旅館のお仕事があるし直斗君は探偵のお仕事があるし…流石に全員揃うには無理があるんじゃないかって思ってたけど、皆それぞれ休みもらって来たみたい」

「いえ、僕は比較的日程の調整が出来ますからその点は心配要らなかったんですが…それに、菜々子ちゃんの顔も見て行きたかったですからね。僕らはあの子に無意識ですが色々と元気付けられたりしていましたから」

不意に反対側で直斗が口を開き、そろそろ始まるらしい競技のアナウンスが聞こえそちらを向きながらちらりと堂島と葵の姿を一瞥し微笑んだ。

「…でも、まさか仕事熱心な堂島さんがお休みを取ってまでこう言った行事に参加なさるだなんて、言い方は失礼ですが意外ですね」

先輩…いえ、奥さんのお陰ですか。と珍しく意地の悪い言い方を整った笑みに載せて堂島に投げ掛けると、それまで沈黙していた堂島が益々渋い顔になり大きく息を吐いた。

「…白鐘、余計なことは言わなくて良い。と言うかお前らもいい加減騒ぐのは止せ、もうすぐ始まるんだからな」

後ろでクマを羽交い絞めにしている花村といつの間にかその巻き添えを食らった完二、更に目を回しているのか足元の覚束ないクマに視線をやると堂島はいつしかくすくすと笑みを零して表情を和らげる葵に肩の力を抜き、晴れ渡った空の下、行われる競技の為にグラウンドに出て来た愛娘の姿を捉えるとカメラを取り出した。

「葵、菜々子が出て来たぞ」

「はいはい、ちゃんと見てますからそんなに乗り出さないでください。どっちが子供か分からないですよ」

こうして、空気ピストルの引き金を引く音を切っ掛けに競技は始まった。
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2008.11.27(Thu)





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