the latest //  案内・作品一覧


author 米 [write]

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.--(--)



エメリオーネ 2


「おとうさん、これ」

食事も程々にしつつ、菜々子から差し出されたのは一枚のプリント用紙だった。
余白の右上に書かれた一行を見た限りでは、どうやら菜々子の通う小学校からのお知らせらしく、更にその左下に改行を設けて保護者の皆様へと少し薄れてはいるが黒いインクで印刷されたそれはまず初めに時候の挨拶を載せてから保護者である家族に向けて近くある行事説明を載せ、更にその参加を促していた。そして記載されていたのは。

「運動会?」

「…うん」

運動会。それは自分の子供が学校にいる間、どれだけ逞しく成長しているかを保護者がこの目で見ることの出来る年間二大行事の一つだ。もう一方は授業参観日で、これはまだ時期的に回って来てはいないが、堂島はプリントに書かれた運動会の知らせにそう言えばもうこんな時期か…と就いてる職種ゆえの多忙さにかまけてうっかり忘れ掛けていたそれを思い出し一人眉を寄せた。そしてそれを見てか、プリントを差し出した菜々子はさっきまで笑顔を浮かべていたにも関わらずしょんぼりと花が萎れたような様子で表情を曇らせ小さく俯いた。葵はそれに気がつくと菜々子、と柔らかい髪質をした義娘の頭を撫で堂島に目を向けた。

「遼太郎さん、菜々子は運動会のお知らせが来てもお父さんには内緒にしておこうって言ってたんですよ」

「何?」

少し困ったような様子で眉を寄せ、苦笑する葵に堂島はただ呆然とするばかりだ。そして葵はそれを見て更に眉尻を下げ事の次第を伝えた。
日頃忙しい堂島が仕事をそう簡単に休めないこと。休みを取れたとしても大概、緊急の連絡が入って約束が駄目になること。それが分かっているから、頑張っているお父さんが好きだから、だから菜々子は我慢をして寂しくないと自分に言い聞かせていること。…それは幾ら母が出来ても両親揃っての外出やイベントがない為に起こる秘められた孤独感だった。大好きな父と母と、ほんの少しで良いから楽しくしていたい。朝と夜に顔を合わせて行ってらっしゃいとお帰りなさいを言うだけじゃなくて、平日の昼間に自分の学校での姿を、優しい母は勿論強くて格好良い父にも見て喜んで欲しいと思う、一般家庭の子供であれば当たり前のようなその現実はこの家の中では逆に難しい事実を、まだまだ幼い子供は知らぬところで理解していたのだ。葵はそれを、菜々子がこっそり捨てようとしていたプリントを見つけて聞き出した際、過去の自分が過ごした家庭環境と重ね合わせてしまった。

別に夫の堂島を責めたいとは思わない。それは葵本人が二度目のプロポーズを受けた時に最初から受け入れていた事であるし、堂島の多忙さは町の平和を守る大事な仕事に就いているからだと納得してのこと。だがそれでも、どれだけ大人びているように見えても実際年端のいかない子供は内側で酷く傷ついて孤独を思っている。
子供が成長するのには親が片方だけではどうあっても事足りない、だからこそもう一人、親同士が支えあって行かねば十分な成長が出来ないのだ、心身ともに真っ直ぐに育つには。
葵は堂島に経緯や自分なりの意見を告げた後に改めて、菜々子の気持ちを察してやって欲しいと願いを口にした。周りからは外見も中身もよく非の打ち所などないように思われがちな葵だがそれでも過去には仕事大事の両親に愛情を乏しく育てられ、表に出さないだけ擦れたところもあった。今でこそ自分もまだ若輩ながら家庭を持ち誰より愛しい夫を得、更には子供の親となることが出来、心から穏やかな笑顔を浮かべることが叶うようになりはしたがたまに思い出すのだ。一人で過ごした幾夜もの日々、その中で何度も握り潰してゴミとして捨てた授業参観や運動会、三者面談などのプリントを。…だからせめて、義娘の菜々子には自分のように寂しい思いも悲しい思いもさせたくない。自分で補えるのならそうしてやりたいが今回ばかりは菜々子の望む願いの質が違ったから、こうして堂島の多忙さを理解した上で懇願している。

「菜々子だけのお願いじゃないんです。俺としても今度の運動会は家族で見に行きたい。菜々子の頑張る姿をじかに見てもらいたいんです」

お願いします、と頭を下げる葵に隣では今まで黙っていた菜々子が慌てておかあさんと袖を引いた。まさか自分の中の小さな希望が元手に義母の葵が父に頭を下げることになるとは思いも寄らなかったらしい。この光景は小さい子の目からすれば喧嘩をしているようにも映るかもしれない。
だがこうして思うと、葵から堂島に何かを頼み込むと言う光景は今までなかったのを不意に思い知らせる。寡黙と言う訳ではないが人の心配や気遣いばかりで自分のことを話さない葵に何かを頼まれたりするの極めて小さな、頼みとすら呼べない些細なものばかりで、堂島は再婚をしてから家庭を以前よりは顧みるようになったつもりでいたがそれも虚像でしかなかったのだと改めて感じた。

「…」

見下ろしたプリントに記載された日付は今度の土曜日。
この様子ならば運動会の練習などはもう随分と前から励んでいたに違いない。それを幾ら語られなかったとは言え気付かずにいた自分が今更ながら恥ずかしくて、仮にも現職の刑事が飛んだ落とし穴に引っ掛かっていたものだと眉を寄せたが控えめに聞こえた声に顔を上げると今にも泣きそうなくらいに大きな目を揺らしていた菜々子に膝に置いていた片手を伸ばし、撫でた。くしゃりと音を立てたのはプリントではなく柔らかな髪質をした愛娘の頭で、さっきまではゆらゆら揺れていたその両目はきょとんと目を丸くしていた。

「おとうさん…?」

「…今度の土曜日か。ならその日は何があっても休みをもぎ取らないといけないな」

「え?」

「葵も、今まですまなかったな。土曜日は必ず休むから昼には弁当を山盛りで頼むぞ」

「はい、分かってます。二人とも沢山食べるから張り切らないと」

「おかあさん…」

目の前で起こる両親の会話と、自分のことを優しく撫でる父の大きな手が理解の外にあるのか菜々子はぱちぱちと瞬きを繰り返していた。先ほどまで、眉間に皺を寄せていた父とそんな父に強い説得をしていた母。まるで喧嘩をしているようで怖かったがそれが今ではすっかりいつもの温かい空気に包まれて自分を見守ってくれている。ぽろりと零れ落ちた声に父と母の視線が振り向くと二人は菜々子の大好きな笑顔を浮かべていた。

「菜々子、頑張れよ」

「お父さんと二人で応援するから。お弁当も、菜々子の大好きなおかずいっぱいに入れるからね」

母の手も伸びて両親に揃って頭を撫でられると、その後すぐに菜々子は笑顔を見せた。
まるで花咲くように、愛らしく。

「…っうん!」
スポンサーサイト

2008.11.27(Thu)





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。