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author 米 [write]

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コンテネレッツァ


堂主+菜(後妻パロ)

朝帰りと言うには時間も大分遅く丁度昼を過ぎたくらいの時頃。くたくたになりながら漸く捜査に目処がつき、部下や同僚の勧めもあって今日はもう仕事を上がって家に帰ると、そこには暖かな日だまりの射す居間の縁側近くに腰を下ろした妻の葵がその膝に愛娘の菜々子を寝かせて小さな頭を撫でている姿があった。

葵の浮かべた表情は思いの外柔らかく優しくいつも無表情に近い、けれど人間味がない訳ではなく平然と済ましたような顔をしているだけに珍しいものを見る目で思わず見てしまい、俺は後妻に迎えた相手のまだ知らずにいた一面を知り、帰宅早々何処か嬉しい気持ちと勿体ない気持ちが湧いた。
こんなにも穏やかな自然とした笑顔(と言うよりも微笑に近い)が葵の中にあったなら、もしかしたら俺は気が付かず当たり前のように見ていたか若しくは仕事の多忙さにかまけて見落として来たのかのどちらかで、良く出来た後妻はいつも慎ましやかに自分を一歩後ろから支えて何も言わずにいてくれるから自分はきっとそれに甘えていたのだ。

例えば、前に休みを取ったのはいつだったろうと考えてみる。確かその時も葵は俺を気遣って休んでいてと頼まなかったか。菜々子も寂しがっていたのではないだろうか。だが葵も菜々子も人の気遣いばかりが上手くて二人一緒にいることが多いから寂しくないよと繕うように淡く笑っていた。
亡くなった前妻のことを忘れた訳ではないのだが菜々子は後妻の葵にも良く懐いていて、優しくて面倒見が良い葵とは出会って間もなく仲良くなって葵の方もこんな可愛い女の子がいらしたんですね、なんて笑いながら俺を茶化したもんだった。けれど、やはり再婚する時にはそれなりの迷いや葛藤があったらしく、前妻の千里への申し訳なさと小さな菜々子への遠慮を盾に一度はプロポーズを保留にされ、暫く連絡を絶った後に菜々子の食事を気にして向こうから問う声が掛けられた。

以前、俺の職業ゆえに幼稚園を出たばかりの小さな子供が買った惣菜やインスタントを食べて栄養が偏ったら大変だと言うのが葵の持論だったが、久方振りに再会しても俺は少し見ない内にまた綺麗になったとしか葵に思うことが出来ず顔を赤くした仕草にまた胸が疼いてもう一度、前と変わらない思いを告げた。葵も自ら切り出しはしなかったが目的の一つとして俺に返事を出しに来たのだろう。
暫し逡巡した結果出された答えは了承で、見合いじゃあるまいし向かい合った喫茶店のテラスで恭しく礼儀を払って下げられた頭に当時の俺はまさに天にも昇る気持ちだった。

正直、年の離れた葵は三十過ぎの俺の目から見ても随分と人目を惹く美しさを持ちその年頃にしては驚きなほどの知識と教養を身に着け、更には意外とも言えるような家事や細事に長けた力を備えまさに引く手数多な人間だったが故にこんなしがない子連れ刑事の俺に振り向いてくれるか不安だった。何故なら葵には学生時代からの旧友に揃いも揃ってアプローチを寄せられていたからだ。中には当の本人は一向に気が付かないまま、相手が告白をしようとした時に一生友達だと先に告げてしまったらしいのだが。(因みにその男は近くの大型量販店の御曹司で俺も顔見知りだった)
しかし葵はこうして俺の手を取り菜々子の手を取り、嫁に入った堂島の家をしっかりと守ってくれている。いつも仕事で家を空けては約束も反故にするような俺に文句一つ言わないで、ただ言うのはいつだって変わらない、無理をしないでと言うあまりに細やかすぎる願い。

休日だって横になるばかりで此処最近まともに一緒に出歩いた覚えがなく、時間があれば菜々子と遊んであげてと健気に言う。普段家のことは任せきりでそれにより助かっていると自覚しているのに、一方でこれでは単に家政婦と暮らしているようで唇を噛み締めたのは何回目になったろう。
俺は葵を愛していて、傍にいて欲しい、幸せにしたいと願いながらも実際はそれすら叶わずにいる。所詮、市民の平和を守る刑事もいざと言う時は家庭を顧みずに仕事に励まないとならないのだ。結婚相手を見つけるのにはほとほと向かない職業だ。愛する妻も子も、口には出さないこそすれきっと寂しさを抱えていると知りながら、それをどうすることも出来ないのだから。

葵の笑顔を忘れてしまうくらい家庭の時間を少なくしていた自分がどうしようもなくやるせない気持ちにさせ、玄関の戸を静かに締めて上がった入口の近くで俺は妻と子の穏やかすぎて悲しいくらいの安らいだ光景にスーツのジャケットを肩に担ぎながら目を眇めた。
傍らには葵と菜々子が一緒になって畳んだのだろう、洗濯したての如何にもふんわりと柔らかそうなタオルと服が綺麗に置かれ、菜々子の身体にそっと掛けられた一枚のブランケットのずれを直そうと撫でる手を止めた葵が不意に静止して顔を上げる。光の加減によっては銀にも見える灰色髪と目が揺れて此方を見ると、長い睫毛に縁取られた瞼がぱちりと瞬いて首を傾けた。

「遼太郎さん?」

落ち着いた響きの中に何処か甘さを秘めた心地良い声が俺の名前を呼んだ。つい最近まで、結婚してからも堂島さんと呼ぶ癖のついていた葵に他人行儀だからと言い直させたのが切っ掛けでやはりこの選択は間違いでなかったと思う。愛しい妻にはやはりあなたとか名前で呼んでもらうのは男が一度は夢見る事だ。
葵はふっと表情を和らげて近付いた俺を見上げて微笑んだ。

「ただいま、葵。菜々子は寝てるのか」

「えぇ…ついさっきまでは一緒に起きていたんですけど、暖かいから眠たくなったんでしょうね。…あの、今日は随分と早いんですね」

何かありましたかとこの聡明な妻は探るように視線を寄越し、俺が非番でもないのに家に戻って来たのを意外そうに見ているのは紛れもなさそうだ。思わず苦笑を浮かべて畳の上に胡座を掻けば、常日頃掃除を怠らない葵の性格をそのままに表した埃一つないそこに藺草の香りがして、張り替えてもいないのにこんな匂いは久々だと思うのは日本人ゆえの懐かしさを覚える。一服しようとタバコを胸ポケットに探ろうとしたが、何やら久々な気のする我が家の中でしかも妻と子の前で吸う気に制止が掛かるとそのまま手を下ろして膝の上に乗せる。

「ん…あぁ、扱ってたヤマが漸く片付いてな。此処んとこ署の方に詰めてたから今日はもう上がるようせっつかれて来た」

「皆さん、遼太郎さんが頑張っているのを良く分かってるんですよ。だからじゃないですか?…でも、早く帰れるのなら連絡をしてくれたら良かったのに…食事の用意もしていないし、菜々子も知ってたら喜びましたよ?」

「すまん。だが考えてみるとお前達ともあまり時間が取れていなかったし、どうせなら驚かせてやろうかと…な」

「…もう、子供みたいなこと言わないでくださいよ。お昼の残りで良ければチャーハンとサラダがありますけど食べますか?」

それはそうだろう。いい年したオッサンが何を子供みたいなこと言ってるのか、自分でもそう思いながらも柔らかくはにかんで膝上の菜々子を抱き上げてソファに寝かす葵は早速腹を空かせた俺を見越して台所のイスに掛けてあるエプロンを手に取って振り返ると灰色の目を細めてそっと口角を吊り上げた。

「でも今日、お弁当と着替えを差し入れに行かなくても良い気がしてたんです。実は」

もしかしたら俺が早く帰って来る気が何となくしていたのかもしれない、葵はそう含みを持たせるように言うと驚く俺を余所に菜々子を見ていて下さいと言って冷蔵庫にラップして入れられていたチャーハンを取り出して、それをレンジに入れている間にレタスやらトマトやらタマネギやらコーンやら、色々な野菜の入ったサラダを手際良く作っていきそんな久々の我が家の光景に俺はいつしか肩を竦めて笑っていた。

(本当に良く出来た妻だよ、お前は…)

日頃家のことを任せきりで家事の他に菜々子の面倒まで見させているのに、何処までも人を気遣って自分は我儘を言わないし弱さを見せない。たまにそれが寂しいと思うのはかなり勝手なことで、それゆえに助かっている人間の言うことじゃないと思うのだが…不意に居間をぐるりと見回して寝ている菜々子と台所に立つ葵の姿に署を出る前に部長に言い渡されたあのことを思い出す。

(たまには家族サービスをしてやれ、か…)

「なぁ葵」

「はい?」

「今度の土日、三人で旅行にでも出掛けるか」

普段刑事の仕事しか熱中出来ることもなくて家族を持っても休みをもらったその日一日を家族との触れ合いに費やせない、傍から見たら駄目な父親で夫かもしれないが、それでも俺はこの家族二人を愛してる。
町の治安を守ることは市民の平和を守ることであり市民を守ることで俺は家族を守れているのだと信じたい。だからこそ俺は仕事が入る度に飛び出して行くし、葵も、まだ小さい菜々子もそれを理解してくれていると思う。見送ってくれる二人に申し訳ないと思いながらそれが俺だと言い聞かせて…だからたまには、自分を支えてくれる笑顔の為に何かをしなければいけないんだろう。

驚いたように振り向いた葵が次第に笑うと、俺と菜々子を見て言った。

「なら、菜々子はジュネスに行きたいって言うと思いますよ」

あの子あそこが大好きだから、そう可笑しそうに笑う妻にスーパーで旅行は出来ないだろうと苦笑いをした。
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2008.11.27(Thu)





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