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author 米 [write]

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紺碧の手で追いかける 二


『知解に果てしなく』続編

克哉を引き取った後日から、それまでの御堂の生活はまるで反転したかのように変わった。

「克哉、おはよう」

御堂が朝起きてする事と言えば、今までならば軽くシャワーを浴びて私用のメール処理をしたり政経紙を読んだりする事が主なことで、そのついでとばかりにトーストにサラダ、コーヒーと言う至極シンプルな朝食メニューを摂取する事だった。だがそれがまず先に(植物性遺伝子を組み込まれてるからか早起きらしい)克哉に急かすように起こされて目を覚まし、彼と自分の朝食を作る事になった。
そして今日もまた、Mr.Rから予め渡されていた特別製らしいミルクを丁度良い温度に温め、トランクの中に一緒に入っていたウェッジウッド・ジャスパーのマグカップに中身を入れると香って来た甘いミルクの香りに反応してか、克哉は嬉しそうにぱたぱたと近寄って来て御堂の事をじっと見上げた。言葉をまだ覚えていない為かおねだりの台詞は出て来ないけれど、目は口ほどに物を言うということわざもあるようにその青い瞳は雄弁に「はやくちょうだい」と御堂に訴え掛け、それに途中零すといけないからと宥めるように柔らかい髪質の頭を撫でれば相手はきょとんとした表情で首を傾げてから言われたことを理解したのか、小さくもこくんと頷く。

「いい子だな、きみは」

それに対し御堂は尚更頬を緩ませその頭をもう一撫でしてからダイニングテーブルまで歩く。更にその後を克哉がまるでインプリンティングされた雛鳥か若しくは生まれたての子猫か子犬、どちらにせよ小さな動物と変わらぬ様子でついて来るのだから傍から見てもそれは大層微笑ましく可愛らしかった。
が、此処で述べておくが克哉の身長は御堂よりも少し低いくらいで見た目的にも背は決して低くはないサイズだ。何より唯一の男性型とも言われていたのだから他の少女型とは確かに異なった見掛けをしていて当然で、そうであるならば元来の規格サイズとも違い彼は小さくはない筈…なのだが、所々の仕草はまるで無邪気な子と同じでありドールながら自然と纏う柔らかな雰囲気が克哉を見た目の長身さから誤魔化しそのような細々とした仕草さえ似合うように見せているのだろう。その証拠に彼が身に着けている服のサイズは御堂と大差はなくクリーニングに出している間着せていた自分のシャツもぴったりだったのだ。ただ、その心が真っ白なカンバス同様に何の汚れもなく無垢であるだけ…だからこそ克哉のする事には違和感がないし御堂もまた受け入れているのだろう。

「まだ少し熱いかもしれないからな…気を付けて飲むんだぞ」

克哉をダイニングテーブルの席に着かせてその目の前にカップを置く。
ペールブルーの柔らかい質感のストーンウェアの陶器に、ギリシャ神話の白い図柄が刻まれたそれをとても大事そうに両手に持って、人肌程度に温まった甘いホットミルクを飲み口に唇を付けてこくこくと喉を鳴らして嚥下する克哉の姿は見ているだけで御堂の心を穏やかにした。普段はまるで神経質そうな堅い雰囲気を匂わせる表情だったのが、今は不思議と目の前で食事をする克哉の事を眺めるとついつい和らいでしまうものだからこんな時、ドールと言う存在の大きさをまざまざと見せつけられる。

(今まで他人と生活するなど自立してからは考えても見なかったのだがな…)

上司である大隈専務や実家の両親に何度か見合いの話を勧められた事はあるが、御堂はこれまで何度もそう言った類の話を断って来た。自分の住み慣れた生活空間に他の誰かを招き入れ好きに手を加えられるのが気に入らないのだ。家庭を設ければそう言う事態は(嫌でも)お互いがどれだけ気を付けていても出て来るであろうし、何よりまだ自分にはそう言う相手の存在は不要だと思っている。
正直なところ、御堂は自分の事は自分で何もかも出来ると自負していた。そしてそれに偽りはないつもりである。味の好みにはかなり煩いし何より自分が認めたものでしか口にしない。手料理であるならば本当に美味しいと認めたものしか願い下げであるし、それならば自分が作った方がよっぽどマシだとも思っていて、食事以外の掃除や洗濯などの雑事もハウスキーピングがいれば何も事足りる。(が、それでも優秀な人材のみに限ってのことである)
もし相手がどれだけ育ちが良くて愛嬌に満ち聡明であろうとも気まぐれか何かででコンビニ食などと言うカロリーが高いだけで栄養の偏ったジャンクフードを口にしているのを見ればそれで何もかも、文字通り「おしまい」なのだと心に堅く決めている。それはいっそ潔癖を通り越して何かの堅い呪いにも見えなくもないが、「それ」が御堂にとっては当然の基本スタンスであるのだから他の誰に言われても曲げる気はなかった。

そんな御堂だが、この克哉と言うドールと暮らし始めてまだ三日程度の日にちしか経っていないものの例の嫌悪感や不快感などは感じていなかった。それは無機と有機とが混同し合うようなドールだからかもしれないが御堂自身それで全てを完結出来るほど大雑把な性格ではない。だとしたらそれがドールでなく克哉だからかも知れないと次第に思うようになった。
初めて出会った日の一目見た瞬間から、正に心臓を掴まれたような気を覚えたのは記憶に古くはない。Mr.Rが言うようにこれが御堂の運命と言うものであり、矢崎の言ったような自分が変わる切っ掛けであったならその大きな要因になっているのが克哉にあるのだ。旧知の仲である学友らでもなかなかこの部屋には招かないのもあり、御堂は克哉といる時も十分、いやそれ以上にリラックス出来ていたのは容易く見て取れる。
克哉と共にいること、過ごすこと。生活を始めてから自分を追い掛けてとてとてと付いて歩いて来る姿に毎度振り返っては手を取ってそこに仄かな温もりが宿っている事に安堵して抱き締める。そして克哉が自分だけに向けて来る柔らかい微笑に照れ臭い気持ちもあったが今ではそれを見たいが為に早々と仕事を切り上げて帰って早々食事をし、寝る時も一緒と言う今までならば到底考えもつかなかった事にまで至るようになった。

「あぁ、そうだ克哉。これも食べなさい」

ふと此処数日の間で大分変わったと言える自分の在り方に意識を伏せていると、視線を上げてから何か思い出したように瓶に詰められた飴玉のようなものを取り出しそれを一つだけ摘まんで克哉のマグカップの傍に置かれたソーサーの上にちょこんと載せる。それはMr.Rが克哉を連れて行く御堂の去り際に「贈り物」と称して渡して来たものだ。なんでも「香り玉」…と言うものらしいがその詳細は詳しく聞かされいない。名前からするに香りに関係するものなのだろうが見た感じではまるで週に一度と決められた砂糖菓子の飴バージョンとも見受けられ、だがこれは食事の時毎回与えるように言われているだけにそれとはまた別なのだろうと予想している。
きらきらと七色に輝くように転がるそれを克哉はミルクを飲みながら見下ろしやがてこくんっと小さく飲み終えた喉を鳴らすと丁寧にカップをテーブルに置いた。その瞬間、ふんわりと柔らかく、正に花の蕾が緩く綻ぶような笑顔が克哉の表情に浮かんだ。ミルクを飲み終えた際の克哉の笑顔はいつもこうして幸せそうな極上のもので、ほっそりと眇められた青の瞳に緩む目元、そこに限りなく薄い影を落とす髪と同じ色の長い睫がないも同じの微量の風を吹かせ瞬く。そこで白い素肌がほんのりと高潮して口元が孤を描いているのを見れば感情が歓喜を謳っているのだろうと言う事はすぐに分かる。

――確かに至高の笑みと謳われて当然の美しさと愛らしさだ。
克哉のはにかむように繊細でささやかな微笑はそれを目の当たりにする御堂の心を十二分に癒して虜にする。それだけ目が肥え美意識が高くとも、これならばどんなにドールが高値であろうと人が欲して止まないのは当然かもしれないと毎回思うのも然り。

朝の日差しに透かされた蜂蜜色の髪を行儀が悪いと自覚しつつテーブル越しに撫で、甘い光沢を視界にしぱしぱと放つ克哉に笑みをまた自ら見せる。そうして先程自分が置いてやったばかりの香り玉をもう一度摘まんで、笑みを浮かべたままのふっくらとした唇に寄せるとそれが当然のように自然な仕草で唇は開かれ赤い舌を覗かせた。
御堂はそのまま七色の飴を口に含ませるところころ、と口内に転がせて遊ぶ克哉の深まる笑顔に早くも今日の仕事を早々に終わらせ帰宅したいとすら願っていた。

(重症だな、私ともあろう者が)


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2008.07.11(Fri)





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