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author 米 [write]

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紺碧の手で追いかける 一


(知解に果てしなく 続編)

「貴様、どう言うことだ!」

ある日、Mr.Rと名乗る男が店主を勤める『店』に、一人の年若い青年が粗い足取りでまるで飛び込むようにバタンッと荒々しい乱暴な音を立てながらドアを押し開いて来店した。

光に透かせばまるでハニーブロンドのように甘いだろうと言う髪色を少しくすませて持ち、軽く前髪を掻き上げるように分けていた彼は硬質且つスタイリッシュなイメージを持たせる銀色の半フレームを鼻に掛け、その薄いレンズ越しに深みのあるブルーダイヤに似た双眸をちらつかせている。しかしその瞳の中に宿るのは喜色でも憐憫でもなくただ怒りに似た不満。鋭く険の立った視線はその眼差しだけで人の息の根を奪いそうなくらい冷え冷えとして、纏う雰囲気の様子と合わさればいっそ平伏したくなる程の力を秘めてさえする気がした。
が、生憎この『店』の店主は大層な変わり者であり、突如として現れた青年の外見や中身…こうやって誰が相手でも物怖じせず傲慢無礼に振る舞う気高い精神も何もかも、兎に角全てを引っ括めていたく気に入り好んでいた。故に青年が訪れた事にも一切動揺などせず寧ろ嬉しそうに喉を鳴らして笑みを浮かべ、彼が来た事により今までそこになかった筈の気配をふわりと晒して赤いベルベットのカーテンが垂れ下がる部屋に現れた。

「おや…これはこれは、我が王ではありませんか。一体どうなさいましたか?」

「白々しい事を言うな。貴様が何故『アレ』を手放したか、それを問いに来た」

外はまだ、明るい。
だが『店』に入った途端そこはまるで夜の帳が降りたかのように静かで白い窓枠の外には紺碧色の深い深い空と散らばる星屑、丸い満月がぽっかりと浮かんでいる。見掛けはまるで普通の屋敷の筈が滅多に姿を見せないこの場所は、まるで時間も空間も何もかも摂理を超越したように歪んでいて切っ掛けを得た者にしか踏み入る事は許されない。しかしこの、『王』と比喩表現のように呼ばれた青年はMr.Rのいるこの場に望めばいつ何処であろうと入る事が出来た。それを彼自身あまり望んで此処に来たいと思う事はなかったが、今回は訪れる理由が違う。だからきっとそれを見越した上で目の前にいる店主、Mr.Rは恭しく腰を折って頭を垂れわざとらしく青年の来訪を訝しげに見るよう視線を上げて首を傾けたのだ。そしてそれを如何にも不快げに眉を寄せ、美麗な容姿を顰めて鼻を鳴らす青年の反応も予測付いている筈。

「『アレ』…とは、あぁ、あなたがご執心でいらしたドールの事ですね」

「…遠回しな物言いは好かない。分かっているなら何故、」

「あの方に見合う主人が現れたのですよ」

ぴたり。

言及するように口を開いた青年の言葉を遮り青年は手袋を嵌めた手を前に出しそれをやがてゆっくりと眼鏡のブリッジを押し上げるように仕草した。そして温度のない平坦な声で告げると青年は口を噤み「どう言う訳だ」と絞り出すように返す。その様は既にその意味を理解しているだろうに、まるで事実を受け入れがたいと駄々を捏ねる子供のようだ。
Mr.Rはまた一つ喉を鳴らし奥の部屋ではなく近くの暖炉の前に置かれたソファに腰を沈める。はぐらかす心算は毛頭ないのだが、お茶でも、とつい口にしてしまうのは自身が常日頃から心酔にも似た思いを描き寄せる彼がこの場に訪れた故か。だがそれと同時にピリッと空気が僅かに震えたのを感じて微笑を濃くすると立ったままの青年へと視線を向ける。

「ふふ…しかしあの方を引き取られた方もあなた同様、私が出すお茶一杯まともに飲んで下さらなかったのが心残りですね」

「貴様の出すものに『まとも』なものが一つでもあればな」

「これは手厳しいですね。私は常にあなたや此処を訪れるお客様に最高のおもてなしが出来るようにと日々心を砕いていると言うのに」

「…遠回しな事は嫌いだと言った筈だが。それと戯言にも今は構う気は起きない」

「…今、でなくともあなたはいつも釣れない方でしょう?…と、失礼しました。既に予想付いていらっしゃるようにあの方は目覚めていますよ、そしてその時共に行かれました」

阿吽の呼吸で返す返す会話する最中、つい口を滑らせたと言うように口元に手を置いて瞳を眇めるMr.Rの様子に、しかしながら悪びれたような雰囲気は微塵も見られない。青年はMr.Rが漸く核心に触れ始めた事に腕を組み顎でしゃくるように続きを促した。

「いつの事だ」

「そうですねぇ…丁度、三日ほど前の事でしょうか」

「三日…。何故知らせなかった」

「知らせたとして何が変わったでしょう。あの方はドールなのですよ、私は此処の主人として持ち主が来るまで預かっていたに過ぎません。確かにあなたはあの方とある種『同等』ではありますが、まったく同じと言う訳ではありませんし持ち主として選ばれた訳ではない…いえ、過去のことを思えば確かにそうであるのかも知れませんが」

その時、黄金に光るMr.Rの瞳は一瞬だけ氷のように冷えた眼差しを宿しその中に青年を映した。しかしそれはあくまで一瞬の事でしかなくすぐに感情の読めない曖昧な笑みを口元に浮かべ眇めてしまった事で青年はそれ以上口にすることが出来なくなった。
確かに自分はドールの持ち主ではない。それにすら選ばれる事はなかった。しかし運命と言うあやふやな言葉を今まで生きてきて信じる事のなかった自分が、あのドールを見た時には正に雷に打たれるような衝撃を受け信じようとしたのは紛れもない事実だった。何故ならあの克哉と言うドールは、ドールは。

「………なら、持ち主の居場所と名前を教えろ。それくらい知っているんだろう」

――自分にとって、あのドールは特別だった。それを目の前に座る男も重々承知していただろうに。

顔色一つ変えることなく、苦虫を噛み潰したように眉を寄せて言う青年にMr.Rはくつりと喉を鳴らして笑った。本来ならばそれすらもルール違反と言う奴なのだろうが、此処まで青年の意識を奪う大きな存在であったドールを出会わせた時彼がどう言った行動を起こして主人である男性がどのような反応を示すのか…ふと気になって口を開く。それにこの青年の自分に教えを請う姿も見てみたいと言う悪戯心もあった。

「それが人に物を頼む態度と言うものですか?」

「貴様が『人』なら頭も下げてやるさ」

が、癖のある男が好く青年もまた同様に癖があり互いに暫し黙り込むとやれやれと首を左右に振ってMr.Rはとうとう観念したとでも言うように溜息。

「…仕方がありませんね。敬愛し崇拝する我が王の為…と言う事にしておきましょう。あの方を連れて行かれたのは『御堂孝典』と言う男性ですよ。MGNジャパン商品企画開発部第1室にお勤めの」

「御堂?」

ぴくり、と青年の肩が揺れた。

「おや…?ご存知ですか」

それを見逃すことなくMr.Rは組み合わせた手の指を瓦解して再び組み直した。青年はドールの行方を聞けたことで少し気が緩んだのか眉間の皺も解れたが、逆に奥歯を噛んで面倒そうに肩を竦ませもした。
御堂孝典と言う男の名はよく知るとまでは行かないが確かに小耳に挟みはする、それくらい有名な名だった。冷徹な性格でプライドは高いが、仕事も正確で部下への指示も常に的確。入社してから十年と少しと言う年数で異例の速さで部長と言う地位に上り詰めた若きエリートとの事だ。

「…。俺の勤めている所の親会社だ。直接の関わりはないが名前くらいは聞いた事がある」

「そうでしたか。…で、行かれるのですか」

「当たり前だ。アイツが本当に目覚めたか確かめに行く」

「…確かめても何が変わるともありませんのに」

「それでも、だ。貴様がなんと言おうとアイツは元は俺の物だった、それを信じる気に揺るぎはない。目を覚まさなかったのは時期が悪かっただけだ」

「そうですか…それがあなたの出された答えならば分かりました。ではどうぞお確かめに行かれなさい、あなたの、その美しい目で」

青年を止める気などもう既になかった。否、それどころか最初からMr.Rにはその気がなかったと言っても良いだろう。確かにドールは青年の物ではなかった。だがある意味では彼の物だったとも言えた。青年はドールの主人にはなれなかったがドールを自分なりに愛し慈しんでいたのだ。此処に来る時は必ずと言って良いほど目の覚めないドールを傍らに見つめていた。もしかしたら、自分がまだドールの琴線に触れていないだけでだからこそ目が覚めないのではないかと一抹の淡い期待を抱いて。

――自分自身と同じ名前、同じ姿をした、正に半身とも言えるようなドールを。

彼は、〈克哉〉は、渇望にも近い思いで求めていた。訳など知るものかと言っていた。ただ欲しいのだと。そして確かめたいのだとも言っていた。ドールがどんな目の色をしているか。もし笑うならどんな笑顔を見せるのか。もし喋るならどんな声で喉を震わせるのか。同じ容姿をした自分が此処まで求めていて、どうして他の人間を選んだか。最早それは狂気か中毒か、兎も角激しい執着だった。
そしてそれを唯一知るMr.Rは立ち上がり、〈克哉〉が出て行こうとする背中をただじっと黄金の双眸に映して直ぐに視線を横に戻すと呼び止める。その手にはいつから持っていたのか見覚えのあるトランクが一つ。それを〈克哉〉に手渡すと「必要になるでしょうから」とだけ告げる。〈克哉〉は何も言わずただ不満げに眉を寄せたが『切っ掛け』があるほど会いやすい他はないとそれを受け取り窓枠の外に帳が落ちた外へと出て行く。

外は、中で見た景色とは異なり眩いほどに明るく快晴だった。


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2008.07.11(Fri)





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