the latest //  案内・作品一覧


author 米 [write]

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.--(--)



ずっとずっと探していた


同じ身体に芽生えた二つの心。
それは知らずの内に己の中に理想として描いていたもう一人の自分の筈だった。
不可思議な男からある夜ラッキーアイテムであるからと渡された銀フレームのシンプルな眼鏡を一度掛ければそれはにもう一人の自分を表舞台に導き出す。

有能で、自信に満ち溢れ、いっそ傲慢にも見えるその自分は本当に眩しくて、成り代わる時の記憶は曖昧だけれど今まで下に見られていた人達に声を掛けられるようになって実感せざるを得ない。こんな才覚が本当に平素の自分に秘められているだなんて信じられないくらいだった。
何故なら普段の自分は何をやっても上手く立ち回れず失敗ばかり繰り返してしまう情けない男だから。見た目もパッとしないし気が弱いしで、そんな自分がたった一つ眼鏡を掛けただけで世界がガラリと変わる。気の持ち方が変わる、だなんてそんな生易しいものでなくそれこそ意識が、心が、同じようでありながら違うものへと擦り変わるのだ。自分がもう一人の自分を内に秘めていても、それが別人に思えてしまうくらい。

(オレは、本当に誰の必要にもならないんだ)

時にそうやって憂鬱し気を滅入らせては膝を抱えた。
狭いアパートの部屋に置かれたシングルベッドの上で薄い壁に凭れながら、初め上司の御堂に睨まれたりしたけれどあの時が一番苦しかった。もう一人の自分がした事によってもたらされた平素の自分への仕返し。今になってはもうあんな事はないけれど、当時身体を蝕む痛みと苦しみは泣いても泣いても拭えなくて、それでも深く根付いていた。まるであの時のように。

こんな眼鏡なければ良かった、幾度もそう考えた。けど投げ付けてしまおうと手を振り翳す度もう一人の自分がもう二度と現れない、会えないんだと心の何処かで木霊すれば気が付くとそれを抱き締めていて。自分が自分でなくなる恐怖と共に溢れ返るのはもう一人の半身が消えて戻らなくなると言う、底知れない喪失感の予測。
それこそ自分が消えて無くなってしまう。震えて、怯えて、俯いた頬にその時触れたのは紛れもない自分。銀フレームのレンズ越しに青く冷めた眼差しが同じ容姿を映し余りにも違いが有り過ぎる気迫と雰囲気にもっと情けなくなった。

「〈俺〉…?」

「全く、本当に救いようのない愚図だなお前は。それでも〈オレ〉か?」

「な…っ」

同じ声が同じ顔で喋るのに何故か別物に錯覚しそうになる。
オレが普段言わないような暴言すらこいつはスラスラと明日の天気を語るように話すから、嫌味なくらいすんなりと頭に入って来るのが悔しい。
けど同じ『一人』なのに口でも仕事の処理能力でもずっと上の位置にいる自分自身に何を言っても聞かないだろうから、声を飲み込んで視線を下げた。…そう言えば、どうして自分達は向かい合っているのだろう。どうして自分が目の前に現れているのだろう。あの、男が何か細工したのだろうか。疑問に思うとふわりと甘酸っぱい柘榴の香りが鼻孔を掠め、浮き上がる考え。そんなまさか。

「お前は俺だ。またウジウジと下らない悩みを抱えてたんだろう」

「そ‥んな、ウジウジして悪かったな。けどオレはお前みたいに行かないんだ」

「ふん、それが馬鹿だと言うんだ。いい加減分からない奴だな」

「なんだとっ」

銀フレームのブリッジをわざとらしく押し上げ比見よがしに呆れて見せるもう一人の自分に沸き上がる苛立ち、劣等感。ついカッとなって声を張り上げたが大して気にした素振りも見せずにいつも通り落ち着き払った態度が逆に俺を諌めて来て唇を強く噛み締めると俯く顔に再び手が伸びて細い指先が顎を捉えた。
自然、顔を上げる事となった俺はもう一つの顔と真正面に向き合う事になりざわりと胸中が騒ぐのを感じる。

「そんな、目で…」

見るな。見ないでくれ。 同じなのに同じじゃない。
オレと言う人間が自分自身より劣っていて情けないだなんて、その冷めた瞳に写し出されるのが苦しくて堪らない耐えられない。無意識に悴む唇が歯から音を立て視界が揺らぐ、ぐらり、喉が渇いてカラカラになって声すらでない。

「…お前は俺だ。そして俺がお前であるなら俺が持つ能力もお前に等しく備わっている、何故気付かない。気付こうとしない」

愚図な以上に愚鈍な奴だ。
そう付け足し侮蔑するように吐き捨てる、この鋭い刃物に似た言葉がオレを更に追い詰める。筈なのに、けど、何故だろう。背けたくても敵わない視線が今一瞬だけ柔らかく見えた。オレの顎に掛けた指の内、親指がそっと唇をなぞり噛み締めていたそこはいつしか緩められ血が滲んでいる。それを〈俺〉が拭い消し去り扇情的な仕草で舐め取った。

「何、言って…」

「お前は俺、俺はお前だと言っている。過去を押し込めて何もかも知らない振りをして逃げるのはもう止めろ。裏切りを受けるのを恐れわざと自ら下に収まるなど、昔のお前〈オレ〉はそんな姿だったのか」

佐伯克哉と言う人間は。

「っ…!」

「だとすれば望めば良い。俺はお前、お前が理想とする存在。お前がただ一言心から欲しいと懇願すれば、俺は本当の意味でお前のものだ」

受け入れてしまえ。
俺は〈オレ〉を裏切らない。
いつでも〈オレ〉だけの味方で〈オレ〉だけを守って死ぬまで愛す事が出来る。

そう囁く声はあまりにも甘美だった。
自分の過去のトラウマに触れられてもオレは〈俺〉にだけなら構わないと思っている。それどころか自分を抱き締める温もりに縋り溶けてしまいたいなど。夢見がちな事さえ思ってる。
オレはこいつに縋れば、楽になれるのか?
そう脳裏に掠めた時、弱った心は甘く付け入る自分自身に触れていた。

「かつや」

それが、どちらの名前か分からない。どちらが呼んで、何故笑みが零れたかすら。

「かつや」

もうオレは、何も知らない。


スポンサーサイト

2008.07.03(Thu)





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。