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author 米 [write]

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知解に果てしなく 三


(プランツドールパロ:主人*御堂孝典/ドール*佐伯克哉)
(オリキャラ注意)


矢崎との商談の打ち合わせを済ませた後も何件かの面会や会議をこなし、御堂がその日の仕事を終えたのはMGNの就業時間を少し過ぎた頃だった。

社内には残業中の社員と警備員の者、そして御堂以外に残っている者はなく照明は薄暗い。
昨今の流れで当社も例に漏れず省エネ運動を社内に呼び掛けているようで以前、社のメールでその旨が手短にではあるが御堂の元にも同様に伝えられていた。御堂は自身が部長と言う名の地位に就いた際に与えられた専用のオフィスを出る時にぱちりと照明を消すとそのまま昼間の太陽光を取り入れて夜間照明に使われている廊下を辿り、一階のエントランスフロアにエレベーターを使い降りて行く。
社を出るまでの間は曲がりにも御堂は立場ある者であるに変わりないから、幾ら疲れていようともそれをおくびにも見せずスタスタとコンパスのある脚で真っ直ぐ出口に向かって行く。すると丁度警備の交代に入ったらしき濃紺の制服姿の男が「お疲れ様です」と軽く頭を下げたのでそれを一瞥するだけして取り敢えず、ご苦労とだけ簡潔に答える。そしてエントランスの冷えた空間を抜けて退社を済ませると、そこで御堂は漸く一息を吐けるのだ。

しかし。

「…プランツ、か…」

本社の社員のみが使用を許可されている地下駐車場へ向かい取り出した電子キーで車に掛かったロックを外し中に乗り込む。だがキーを挿しエンジンを掛ける前に荷物を助手席に置くと同時に左手に握ったハンドルを不意に強く掴み、小さく漏れた自らの言葉にハッとした。
昼間、矢崎がやけにしつこく食い下がって話して来た例のドールの話。それが何故だか頭の片隅にちらついて仕方がない。

『普通の人形とは違う』
『人よりも美しく愛らしく』
『お前に似合うと思った』

「…ふん、馬鹿馬鹿しい」

途切れ途切れながら友人が言っていた言葉が耳と頭にこびりついている。
大半は既に聞き流していたがそれは仮にもビジネスを交わす最中に話す事ではなかった筈だ。矢崎と言う男は昔からお節介で口煩い奴だったがそれが今日は輪に掛けて喧しかった。それは今思い出しても溜め息もので眉間に寄った皺を指先で解すが、脳裏では呑気な表情の陰に潜んだ真面目な雰囲気が気に掛かり…そんなにも御堂が一人身でいる事が気になるのか?そうであれば大概にして欲しいものだと一度瞑目した後、漸くエンジンを掛け愛車を走らせる。
再び地上に出ればまるで光の洪水のようなビルの眩い光が視く射し濃い紺碧色の空を星よりも強く照らしている。 ハンドルを切って道路に出るとそのまま自宅のマンションへと向かい、夜中だと言うのに昼間よりも寧ろ賑やかな声と光に満ちた喧騒を横目に過ぎ去る。
東京は夜景の美しい場所だと誰かが言うが御堂にしてみればそれに伴う音の数々は落ち着きがなく正直のところあまり好きではない。何も端からそれら全ての否定をしている訳ではないが、そう、唯一好ましく思えるとすれば、ちらちらと輝くライトの一つ一つが寄り集まったように更に光度を増し車窓越しに流れていくのはまるで星が尾を引いたようで、一種の幻想的な風景と錯覚しそうになるところか。見た目は近未来的と思えるそれが少し車を走らせるだけで地上の星とも見間違うものなって、御堂はこれを視界の端にちらりと見て帰る度にこれでその日一日が終わるのだと自覚する事が出来るのだ。

幸い今日は週に二度のジム通いもなく、このまま部屋に帰って疲労した身体にシャワーを軽く浴びた後にまたマンションが独自所有し提供するミニセラーに自ら貯えたワインでも飲もうかどうか。そんな風にささやかな楽しみを想像し知らず薄く笑みを浮かべる。それは会社で部下にも見せる事はない御堂の一面であり、それを知るとすれば共にワインに傾倒する嘗ての学友かバーのソムリエか、はたまた他の限られた幾人か…御堂はこれが自分にとって一番の幸福だと思っていた。
普段は仕事に精を出してジムにも通い汗を流し、オフになるとせめてもの楽しみであるアルコールをグラスに揺らす。芳醇な香りと味わいを年を負う毎に深く増すそれは御堂にとって、そのワインが一瓶一瓶完成するまでに積み重ねた歴史を垣間見る事が出来る極上の飲料であり、最高のウォッシュチーズと合わせさえすればもう他に何も要らないとすら思わせるほどだ。
それに最近はフランスのボルドー地方にある農園で若いワインを数十買い、向こうで熟成させて価格が上がった時に売ると言う株式のワイン版と言うワインファンドを趣味に始め、それを伝に知り合いも増えた。先日も五十年物の秘蔵ワインと言うのも新たに小耳に挟んだ事だし、早速次の休日にでも連絡を取って交渉しようか、どうだろうか…御堂がそちらに意識を傾け始めた所で何かの違和に気付き車を止めた。

「…?何だ…?道を間違えたのか?」

気が付けば、御堂はいつもとは異なる道を走っていた。
ビジネス街を通り抜先程までは確かにマンションへの帰り道を慣れた様子で向かっていた筈なのに、こんな道を間違えるような事は初めてでつい困惑した風に後ろを振り返り辺りを見回す。だがそこには普通ならば等間隔で街灯の明かりが光っている筈が、まるで深く吸い込まれるような暗闇が視界の一番先から伸びており辺りの住宅街やビルの光すら何もない。寧ろ、まるで別空間に迷い込んだ気すら起こすような静けさで、ただあるのは見上げた空に広がるビロードのような鮮やかな色をした紺碧の空と散りばめられた星屑の輝きだけ。
こんな空は御堂の勤めるMGNのビルの屋上から見上げても見られないだろう。何処か息苦しく喉に痞えるような淀みを孕んだ都会の空と空気は今この場には一切見られず、場所の位置を確認する為に窓を開けた頬にひんやりと触れる風の冷たさが逆に心地良くも感じてしまう。
しかしそのままでいる訳にも行かず仕方なくキーを抜いて車を降りるとそこはやはり御堂の知らぬ場所で、こんな所は自分の住まいの近くにも見た事がなかった筈だと首を傾げる。ただでさえ疲れて帰宅後の楽しみを思い描いていただけにこのようなアクシデントは眉を顰める他ない。 苛立たしげに舌を打つとふと、視線を振るった先に今まで明かり一つなかった周辺に浮かび上がるオレンジの街灯が一つ。
それは今時レトロなまでのデザインでブロンズに似た色肌をして一つだけ建ち、見たところ明治の時代にあるようなガラスの器に囲われた一般に良くある街灯と言うよりガス灯だった。しかもその明かりが灯す前には単に御堂が今まで気が付かなかっただけなのか家が一軒ぽつんとしている。

「…こんな所に風変わりだな。しかも…此処は家と言うよりも店、なのか?」

小さく呟くのと同時に無意識に引き寄せられる心は御堂の意識に反して脚をそちらへと向けさせた。

その建物は近寄ってみれば中世イギリスのチューダー・ルネッサンス建築に良く似た雰囲気を持つカントリースタイルのスタッコ仕上げとアイボリーのレンガを用いた外壁を持ち、急勾配の赤い切妻屋根に先の尖ったチューダー・アーチを構えカントリー風でありながらその佇まいは、ドアの隣に置かれた細長く縦に伸びた濃い緑の葉を茂らせる木とそれに咲く赤い花、そしてまだ小さいながら丸みを帯びた果実と合わさり何処かクラシックな雰囲気を放っていた。
そのドアのノブを見ればプレートが垂れ下がりシンプルに『OPEN』とだけ記されている。何の店かは分からないが見た所は雑貨屋か何かだろうか、しかしこんな遅くにまで開いているとあれば少々奇異なものだが、御堂はこの辺りの地理を聞く為にも止むを得ない…と名目を立てそのノブに手を触れた。

「…っ?!」

その瞬間、少しノブに触れただけのドアは御堂の手からするりと離れ勝手に開いた。
大して力を込めて握っていた訳でもないのに驚きに目を見張ると、それを呆然となり見下ろす御堂の鼻孔に今度はふと、甘酸っぱい熟れた果実の香りが触れた。

「いらっしゃいませ、御堂孝則様」

「!な、だ、誰だ…っ」

「ふふ…そんなに驚かれなくともよろしいではありませんか、しかし、ようこそおいで下さりました。あなた様のお越しを私共はもう随分と長いことお待ちしておりました」

「何を、言って…」

開いたドアに驚き鼻孔を掠めた甘い香りに顔を上げた時、次に掛かったのは背後から自分の名を呼ぶ見知らぬ男の声だった。矢継ぎ早に次々と襲い掛かる不可解な現象に身構えつついただけに、後ろにいたその気配にすら気付かずにいた自分が滑稽でならない。
咄嗟に振り返り一歩二歩と後ずさり店の中に進んでしまうと、それに呼応したようにぽぅっとした淡い光が部屋に灯り反射的にそれを見回すとそこにあるのは壁に掛けられた形で置かれたアンティークランタンが幾つか。 店内の内装は外装のチューダー朝とはまた異なっているのかどちらかと言えばヴィクトリア朝の時代を匂わせる作りで、改めて気が付いたが天井から壁を覆うように幾重も重たげに垂れ下がった赤いベルベットの布地は窓辺を避けるように分かれていて、その壁沿いには幾つもの数え切れない人形が目を伏せて透明なガラスケースに納められていた。その光景は余りにも不気味で、だが幻想的で、同時に御堂は本当の別世界に紛れ込んだ気になってしまいそうになる。
だがそれを辛うじてさせないのは繊細な細工の施された大きな古時計の振り子がゆったりと震えている様子や奥にある使い古された暖炉の鉄柵が中に放り込まれた薪と共に見えた事。そしてその近くに置かれた一人掛けのソファと低い位置のテーブル、そこにただ置かれた、部屋に充満する芳醇な香りの正体であろう赤い実をみちみちと膨らませ皮を爆ぜさせた裂け目から覗く赤黒い柘榴の粒。何処か似合うようでいて似つかわしくない雰囲気のそれがただ御堂の揺れる思考を止どめているきがした。

「貴様は何故私の名を知っている。私は貴様に会うのも此処へ来たのも初めての筈だが?」

「えぇ、それは勿論確かです。私もあなたと実際お目に掛かるのは初めてですし、第一この店に来られる方は本当に稀少ですからね。…ですが、私は知っているのですよ。あなたは此処に来るべくして来たのだと、それはあなたが望もうと望むまいと関係なく」

ふふ、と笑う男は歌うようにつらつらと答えた。言い回しはそれこそ観劇のそれと似ているが、しかし実際意を解さない答えばかりで御堂にとっては結局曖昧なもの。
その出で立ちは黒い帽子に同色のロングコート、そして手袋を嵌めて眩いばかりの金髪を長く蓄え緩い三つ編みに纏めている。眼鏡を掛けたその瞳の奥の表情は上手く窺い知る事が出来ず、御堂は厄介な男の店に足を踏み入れてしまった己を今更悔やんだ。


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2008.07.03(Thu)





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