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author 米 [write]

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恋に死ねたら


(一主:恋の終わり)

友人同士は未来を語り合わなくても未来に再会することを確信している。恋人同士は絶えず未来を語り合うが、未来は彼らの恋愛には無い。(ボナールの格言)
恋の火は、ときとして友情の灰を残す。(レニエの格言)


「なぁ俺のこと好きになってよ」

掴んだ手首に見据えた視線、けれど絡み合わない。まるで睨むように、それは低い熱を必死に繋ぎ止めようとしていた。



オレンジ色の夕焼けが差し込む放課後の部活更衣室。やる気のない部員達は既に帰宅し静けさを保った空間には背丈の異なる男子生徒が二人。清掃が行き届いている訳でなく簡単に舞い上がる埃は窓からの光に乱反射してふわりと周囲を柔らかく包み、比較的背の低めに見える生徒…一条は自分よりも背が大きく、かと言って大柄である訳でもない、身長に反して華奢な外見をした東雲の腕を制服に着替え終えた手で掴んで離さずにいた。

「なに、急に。勿論好きだよ。知ってるだろ?」

「そう言う好きじゃねぇよ」

「だったらどう言う好き?て言うか腕離してくれよ」

「誤魔化すなよ。お前がちゃんと俺の目を見て答えるなら…その後に離してやる」

「横暴」

「なんとでも」

なぁどうしてこっちを見ちゃくれない。俺はお前が好きで、お前も俺が好きで、だと言うならどうして笑っちゃくれない。ベクトルが違うだなんて分かりきってるけどお前の見せるふとした優しさに馬鹿な俺は熱が上がるばかりで冷めることを知らない。好きでないなら、愛してくれないなら嫌いだとそう答えて欲しい。白か黒かさっぱりしたのが俺は好きだって、お前ならよく知ってるだろ?…そうやって、一条は今まで耐えかねてきたことを一気に吐き出すように込み上げた感情の波に息が詰まりそうだった。ただ紫掛かったような黒い眼差しをひたすらに色白な相手の頬に鼻に唇に透けるような灰色の目に向けて、はぐらかすことを許さないとばかりにじっと待つ。すると根負けしたのかどうか、薄い男の唇に比べて柔らかそうな唇が隙間を段々と形作ると抑制のない声が紡がれた。

「…一条は、好きだよ。一緒にいるとこっちまで明るくなれて、楽しくて、人のことを思いやれるいい奴だと思ってる。でも」

あぁやっぱり。けれどそれは予期していた。心の片隅で分かっていた答えの一つだった。普段から表情が乏しいとは言え、その分目で語る東雲の変わった目の色は以前揺らぎなくただ澄んでいる。ただ一身に受ける眼差しもまるで透明な膜に覆われて気付いてないように、東雲の視線は自分の掴まれた腕に注がれる。小柄とは言え運動をする一条の握力は見た目に反して力強い。

「でもそれだけでしかないんだ、いい友達。寧ろ俺には今まで友達なんてまともに作れたことがないからこの関係を崩したくないって思ってる。例え来年の三月にはまた此処を離れても、恋愛関係になったときの感覚が怖い。けど友達なら、そのままの関係なら、離れてもいつだって気軽に連絡が取れるし会えるし馬鹿も出来る。必要以上に寄り添ってそれがいつか離れたりしないかで怯えるのは…嫌だ」

ごめん。
それは俺の「好き」に答えられないことか。一歩踏み出す勇気が持てないことか。そもそも恋愛と言う関係に希望を抱けないことか。恋を切り捨て尚友人でいたいと我侭を言うことか。…きっと全部だ。そして他にも意味がある筈。俺は結局こいつに勝手にのめり込んで溺れて差し出される手に夢を見て一人笑ってただけだったんだ。俺の抱える事情に首を突っ込んできたのも差して恋愛感情から来る心配とか気になるからじゃなく…いや、友人として気になっただけだからだったんだ。それに加えておせっかいな長瀬に腕を引っ張られたから。脈があるんじゃないのかって少しは期待して視線で追って声を掛けまくったのも、こいつにはただの友達としての枠組みの中のことでしかなくて。俺自身白黒はっきりつけろとは思ったけどやっぱりこんなあっさり答えを出されるのは…左胸に、じくりと来た。
けど掴んだ腕はまだ離せなくて、こいつも同じように振り払おうとはしなくて、あぁだからそんなところが人に期待させるようで嬉しくて切なくて泣きたくて、憎かった。いっそこの白い腕を捻じ伏せて噛み付くようなキスでも仕掛けて組み敷いてやろうか。昔から、小柄な身体でも荒っぽい人間相手にはそれなりに太刀打ち出来るよう仕込まれた体術があるから、隙を突けば身長差のある東雲相手でも身動きを封じることは出来る。…そんな思ってみてもどうせ出来もしない自分に気付いていながら一条はずるずると重たい動作で掴んでいた腕を離し、最後まで絡まることのなかった視線に悔しげに唇を噛み締めて項垂れた。

「…けど、俺は、俺は…」

「ありがとう一条。俺みたいな奴を好きと言ってくれて。…正直俺は人に向けられる好意の扱い方も、誰かに向ける好意がどう言ったものかも自分じゃよく分からないから……もしその場凌ぎの答えで受け入れても後で必ず傷つける。だから、やっぱりこのままが良いんだよ」

先程まではまるで色を抜いたように抑制のない平坦な声が、今では柔らかく宥めるように降り掛かってくる。それを聞きながらあぁ、そうだったよなと一条は自嘲を含ませた笑みを浮かべてぼやける視界に荒く息を吸って吐いて誤魔化した。
お前は俺と一緒で生まれて一番初めに触れる親の愛情をしっかり受けることなく育ってしまったんだって前に聞いたことがある。ただ俺にはそれを代わりに与えてくれる人たちがいて、それが紛い物でも良いと高望みはしないと思っていたのが後には堅い真実になった。これが似ているようで似ていない俺達の決定的な違いなんだろうか。がしゃん、とアルミのロッカーを背に音を立てるとそれは軋む胸の音を表したように何処か寂しく聞こえた。一条はそのまま何事かを小さく呟いたが座り込んだ身体は顔を上げぬまま静まり返る更衣室の空間に十分すぎるくらい響いて東雲の耳にも漏れなく届いた。

「行けよ。俺これから暫く失恋ムードに浸って泣くから。ここの鍵は置いといてくれたら後で職員室に届けるし」

「一条」

「いいから、早く。正直今のフラれた状態でこれ以上お前と一緒にいるの…辛いよ。頼むから」

「…俺は、まだお前を友達だと思ってるから」

あぁ、知ってる。分かってるよ。
悲哀を込めた東雲の言葉には答えずただ膝を抱えて項垂れたまま、一条は心の中でだけそう呟く。自分はまだ人生の三分の一も生きてないような青臭い子供だけれどそれでも自分には一生に一度の恋だったと今なら頷ける気がした。自分はただ家の為に生きて家の為に身を終わらせるものだと思っていたのに、春に訪れた転校生の出現にその考えがゆっくりと異変を起こして後継問題についても自分を引き取った家の人たちとちゃんと向き合うようになれた。それもこれも、やっぱり東雲のお陰。けど芽生えた恋は赤く熟れて実らないまま呆気なく地面に落ちてぐしゃり。いびつに凹んだ果実は誰の手にも拾われないまま風化するのを待つだけ。なんて馬鹿なんだろう。なんて幸せだったんだろう。自分はこれから、東雲の願う通り別れの日までまたもう一度いい友達の皮を被る、それはきっと苦しくて仕方ないことだと思う。そっと出て行った東雲の背中に無意識の伸ばしかけた手をきつく握って、重く息を吐き出すと肩の力を抜いてくすんだ色の天井を見上げた。

「…好き、だったよ」

自己暗示するように噛み締めながら呟いた言葉。差し込むオレンジ色の夕焼けはいつしか深い濃紺のグラデーションを裾に帯びて温かいぬくもりさえ爪先を微かに冷やしてきた。

一生に一度の恋。
それは儚くも潔く散った。

それでも明日は来るのだけれど。
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2008.11.28(Fri)





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